暗号通信の将来像

原理的には地球のどこにいても安全に暗号鍵を共有、通信時の漏洩を防ぐ強力なセキュリティを備えた高秘匿性の高い通信が可能となる技術を情報通信研究機構が先月発表しました。インターネットの利用時における通信の秘密を保つのがこの技術、暗号化通信の将来像を見据えた技術開発について簡単に解説します。

現状

現在、暗号化方式には「公開鍵」と「共通鍵」という2つの暗号化技術が存在、インターネット通信では両者を組み合わせたSSL(Secure Sockets Layer)暗号化方式が広く普及しています。

「共通鍵」暗号化方式は、受信側と送信側でAES暗号などの鍵を共有、暗号化、復号化するフローがとられています。その共通鍵の受け渡しに使われているのが公開鍵暗号なのです。

その中身は受信側にて公開鍵と秘密鍵を生成。受信側では送信側に公開鍵を共有、送信側はその公開鍵で暗号化データを送信。最終的に受信側では、自分のみ知る秘密鍵でデータを復号化。これらの鍵生成には「RSA」というアルゴリズムが用いられ、RSA暗号を解読するには現時点では膨大な時間を要するため通信の秘密保持が可能なのです。

懸念

そうは言っても将来的に現在のPCの数百倍以上にも高性能と言われる量子コンピューターが実用化された場合、先述した暗号化方式では簡単に解読可能となる事態が想定されており、こうした懸念への対策の必要性が議論されてきました。

そこで量子論的性質に基づいた暗号鍵を生成、絶対に計算不可能な暗号を作り出して通信の安全性を担保しようとする試みから考案されたのが『量子』暗号と呼ばれる技術。情報理論的に安全に鍵を共有して秘匿通信が可能となる量子暗号化通信技術の開発に向け業界一丸となって取り組んでいるのです。

課題

たとえば光ファイバーにおける量子暗号化については伝送距離に制限が生じると言った課題も見えてきました。その課題解決のため開発されているのが予測不可能な真正乱数を衛星側で生成、光粒子の持つ量子情報として地上局に送信させる「量子鍵配送」(Quantum Key Distribution)と呼ばれる技術。

これを用いて地上局での共有情報を取捨選択、最終的な鍵である乱数配列を生成する「鍵蒸留」工程を経て、盗聴が発生した際には検知が可能。盗聴データは鍵の材料として使用されず、解読不可能な鍵を生成することが可能と言われる所以です。

当然、光ファイバー網における量子暗号通信の高速化や長距離化を目的にした開発自体も進められてはいますが、一方「量子鍵配送」の運用には、数千キロメートルの距離で量子暗号化通信を実現する量子中継技術の発展を待つ必要があるのです。

実証実験の成功

研究開発チームは「低軌道高秘匿光通信装置(SeCuRe lasEr communicaTionS terminal for leo)」を開発、地球低軌道(LEO)を周回する国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」の船外実験プラットフォームの「中型曝露実験アダプター」に搭載されました。

この装置から信号生成器で生成した乱数データを信号化、光通信アンテナから光信号を地上局に向けて射出する仕組みです。今回、乱数データ(鍵データ)を変調した光を地上に向け発射、地上本部に設置された光通信対応の可搬型の地上局の反射型望遠鏡(直径35cm)に光を受信できたことが報告されています。

展望

今回の実証実験の成功を受け、研究開発チームでは衛星に搭載する暗号装置の低コスト化、開発期間の短縮化の可能性を高め、可用性の高い可搬型光地上局を活用した高速光通信の実現に向け大きな一歩を踏み出したと成果を強調。

今後は「量子鍵配送」技術実証に最適な電力系や姿勢制御系を備えた衛星バスシステムの開発を視野に研究開発を推進、ISSと地上局のあいだの実証実験をさらに進め、日本独自の衛星量子暗号化通信の実現を目指すとしています。